学校のテストには出ない、大切なコト
《校則》なんて関係ない!?
トランプで遊ぶ時、そこには必ず『ルール』があります。
― 人のカードは覗(のぞ)かない
― カードは一枚ずつ引く
などなど。
中には、「負けた人は、勝った人を"様"付けで呼び、敬語を使う」といった、家庭独自のルールもあったりします(笑)。
サッカー、野球といったスポーツにもルールがあり、バイト先のお店、就職した会社にも、必ずそこには『社則』、『就業規則』といったルールが存在します。
― そう言われればそうだな…。それって偶然?
いえいえ、偶然ではありません。
複数の人間が集まり、同じ目的や目標を持った行動が求められるところには、必ず「ルール」があります。人間は、「ルール」を創ることによって、集団の統制をとり、秩序を守ることを可能にしているのです。
これはとってもスゴイことで、高度な知恵を持つ人間だからこそ出来るワザなのです。(もちろん、ほかの動物の中にも「暗黙のルール」を持つ動物たちがいます。)
家族みんなで考えよう
どうして校則があるの?
学校の校則も同じです。
校内の秩序と文化を守る為に、みんなが守らなければならないルールとして「校則」は存在します。
【余談】
私の友人に、中学時代、
「"坊主頭"が、中学生らしい髪型だという考え方はおかしい」
と言って、先生に何度もレポートを提出し、彼が卒業する年になって
「坊主頭の強制」がなくなったという人がいます(笑)
さて、その校則ですが、中には一見「どうしてこれが校則なのか?」と考えてしまうようなルールが存在することがあります。 例えば、
―「スカートの長さは膝(ひざ)が隠れる長さとする」
―「長い髪は、黒か茶色のリボンで結ぶ」などなど。
果たして、それらが「中学生らしさにつながるものなのか」と首を傾げる方もいらっしゃるでしょう。
子どもに教えたいこと
相手の立場でモノゴトを考える力
しかし、ルールには、ルールによって(1)管理される側(=生徒)と、ルールを(2)管理する側(=学校・生徒会)の二者が存在します。
例えば、スカートの長さに関する規定を
― 「中学生としての節度のある長さとする」
という校則にしてしまうと、具体的な基準がなくなってしまい、統制が利かなくなることは容易に想像できます。
モノの価値観は、人によってバラバラですので、ルールが具体的でないと、管理が難しくなってしまうのです。
相手(逆側)の立場に立ってモノゴトを考えることも大切なこと。
そうしたことをお父さんやお母さんの口からお子さんに説明してあげて下さい。




