日本の歴史教科書を考える
| 日本の歴史教科書を考える | 社会 | 東京都 高校三年 S.K. | 2008.02.15 |
先週、大学受験が終わり、
後は結果を待つだけとなりました。
週末から、何に対しても無気力となり、そんな私を見かねた3つ上の姉が、私に一冊の本を貸してくれました。
タイトルは、「大切なことに気づく24の物語」
。
どれも素敵な話ばかりで、一日で読んでしまいました。
ただ、そのうちの一つは、私がこれまで受験の為に勉強してきた"歴史"というものを、改めて考えさせられるものとなりました。
その話とは、日本で起きた、ある海難事故から始まります。
明治23年(1890年)、日本で公務を終えたトルコの特使一行が、エルトゥール号という船に乗って帰国する途中、暴風雨に遭い、和歌山県の沖合で岩礁に衝突するという事故がありました。
乗員の518名は死亡。生き残った69名も瀕死の状態。
地元の村人たちは、海岸に流れ着いた遺体を丁重に葬り、まだ息のあるトルコ人たちには、手厚い看護をしました。
貧しい村で、自分たちの食料さえも十分でないにも関わらず、非常食用に飼っていた鶏も、トルコ人たちに食べさせてあげたそうです。
この事故は、明治天皇の耳にも入り、助かった遭難者たちは、明治天皇の命によって軍艦2隻で無事トルコに送り届けられました。
そして、時代は変わって、その事故から95年経った1985年3月のこと。
イラン・イラク戦争が始まると、イラクのサダム・フセインが
「今から40時間後に、イラクの上空を飛ぶ飛行機は、民間機でも撃墜する」
という声明を発表しました。
急な事態に日本政府は対応が遅れ、
現地の日本人を救援する飛行機を用意することができませんでした。
どこの航空機も自国民を乗せるだけで精一杯で、
空港に集まった日本人が乗れる飛行機はなく、パニック状態に陥ってしまいました。
タイムリミットまで、あと1時間15分。
そこに、一機のトルコ航空の民間機が空港に到着しました。
そして、その機は日本人216名全員を乗せると、成田に向かって飛び立ちました。
それを聞いた日本の外務省がトルコ政府に問い合わせると、
「私たちは、エルトゥール号のことを忘れていません。
エルトゥール号の事故の際、日本人がしてくれた献身的な救助のことは、皆、歴史の教科書で学んでいて、トルコでは子どもたちでも知っています。」
という返事が返ってきたそうです。
私は、この本を学校の帰りの電車の中で読んでいて、涙ぐんでしまいました。
でも、その後でハタと気づいたのです。
「私は、歴史の授業でこうしたことは全く学んでいない」と。
「歴史」は、実際にあった「人間のドラマ」集。本来そこにはたくさん「感動」があって、読んでいて思わずウルウルしてしまうことがあるべきもの。
事実、トルコの歴史の教科書には、そうした大切なことがきちんと書かれていて、子どもたちに伝わっています。しかし、私が使ってきた歴史の教科書は、無機質で淡白で、読んでいて涙ぐんだ記憶などありません。
受験の為に学んできた歴史が、本当に私達が知るべき「歴史」として、どれだけの価値があるのだろうと考えてしまいました。
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